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2012年4月20日(金曜日)

旧警戒区域内の施設の様子

カテゴリー: 18時31分08秒

■■■特別養護老人ホーム 福寿園■■■
 平成24年4月16日、警戒区域の見直しにより南相馬市小高区に自由に立ち入りが出来るようになり、当法人で運営していた特別養護老人ホーム「梅の香」とグループホーム「小高」の状況を見てきた。
震災から1年1ヵ月、なにごともなかったような顔で施設は迎えてくれた。
しかし、地震の被害は大きく地盤沈下により舗装や施設周りは陥没し、外には慌ただしく避難した直後のポータブルトイレが置き去りとなっておりゴミ袋のゴミが犬や猫にあらされ風雨にさらされ惨憺たる光景でした。
恐る恐る梅の香に入ると懐かしい通りは変わっていませんが、引き戸は硬く、床がゆがみ雨漏りで黒かびが発生しているところもありました。
残念なことに2ヵ所ほど窓が破られ何者かが侵入した形跡も確認されました。施設全体も長期に風を通していないことからかびの臭いが鼻を突きました。原発事故さえなければこのように施設を荒らすこともなかったのではないかと怒りが込み上げました。
グループホーム小高は、想像以上に被害もなく冗談ながら今すぐにでも生活できる状況でした。
放射能のレベルは外で0.4〜0.5マイクロシーベルト、室内で0.2マイクロシーベルトという状況でした。
いつ再開できるか目処が立ちませんが、利用者も職員も安心して生活し、仕事ができる環境を一日も早く築いていただきたいと願うばかりでした。

【福寿園施設長:大内 敏文】

デジカメ写真(さくら荘 金魚草) 017_R デジカメ写真(さくら荘 金魚草) 003_R

特別養護老人ホーム梅の香全景       懐かしい梅の香通り

デジカメ写真(さくら荘 金魚草) 006 デジカメ写真(さくら荘 金魚草) 009_R 

慌しく避難した残景            なにごともなかったかのように
                        咲き終えた紅梅

デジカメ写真(さくら荘 金魚草) 013_R デジカメ写真(さくら荘 金魚草) 014_R

1年前、そのままのカレンダー       雨漏りで黒かび覆われた廊下

デジカメ写真(さくら荘 金魚草) 005_R デジカメ写真(さくら荘 金魚草) 008_R

くずれ落ちた天井             被害のあったユニットの様子

デジカメ写真(さくら荘 金魚草) 002_R デジカメ写真(さくら荘 金魚草) 018_R

グループホーム小高の全景    被害のなかったグループホームの室内

 


郷里で荼毘(だび)にできない葬儀

カテゴリー: 16時44分00秒

■■■特別養護老人ホーム 福寿園■■■
3.11から1年以上が経過し、私が住む自宅も今日の4月16日から警戒区域が解除され自由に自宅に行けるようになった。
 一日も早い復旧、復興という言葉が叫ばれるが、多くの市民は放射能の不安から古里に戻らないのが現状だ。
 昨年、5月に施設の再開のため原町区内にアパートを借りて1年になろうとしているが、この1年間にいったいどれだけの葬儀に参列したか数え切れない。
3.11以降の葬儀の変化に二つの大きな特徴が見られる。
一つには、祭壇に遺景の写真が複数あることだ。じいちゃん、ばあちゃん、孫嫁、ひ孫と到底考えられない家族構成の葬儀には、遺族に掛ける言葉も考え付かない。
二つ目は、これまで、私が住む南相馬市で一般的だった葬儀、告別式が終わってから、火葬場での荼毘がない葬儀である。
すでに荼毘に付された遺骨が祭壇に祭られている葬儀が多いことである。理由としては二つある。
津波災害で遺体が早く発見できなかったり、避難等により葬儀をすることができなかったことで荼毘を済ませて後日に葬儀をするという理由と施設、病院からの利用者、患者の避難や高齢者の長期の避難で避難先での死亡ということがある。避難先が全国に余儀なくされ、古里の相馬の空を見ることなく亡くなっていった方々の葬儀である。
私どもの法人は、幸いにも避難をさせた利用者で戻ることを希望した方は全て戻っていただいたが、病院から避難した方は入院制限もあって戻れないことや施設が再会できないため戻れないなどの理由がある。
特別養護老人ホームに勤務している関係から多くの友人や知人から「親をなんとか南相馬に戻したいんだ。施設に入れてくれ」と切実な相談が多くなってきている。
今、南相馬市は桜の花が開花しようとしている。もう一度相馬の地で桜を見せてあげたい。多くの高齢者の方々の願いを一日でも早く叶えてあげられないかと心を痛める。昨日もなにも語らない遺骨に手を合わせてきた。

【福寿園施設長:大内 敏文】


2012年4月2日(月曜日)

施設長退任あいさつ

カテゴリー: 11時54分15秒

■■■特別養護老人ホーム 福寿園■■■

桜の開花も間近に迫った今日、私ことではありますが、331日付けをもちまして、

退任させていただくこととなりました。5年の勤務ではありましたが、在任中は舟山理事長様はじめ、職員の皆様には法人の運営管理に一方ならぬご指導、ご鞭撻をいただき心から感謝申し上げます。

 振り返りますと、平成19年の就任時は、法人本部として法人設立10周年記念事業に参画させていただき、また、平成228月開所したグループホーム小高の施設整備にも関わらせていただきました。施設運営におきましても、行政経験のみで民間事業経営経験のない私が施設長の大役に不安がありましたが、各施設長はじめ幹部職員の適切なアドバイスにより今日までその職を全うすることができました。家族会の温かいご支援、たくさんのボランティアの方々や地域の皆様の献身的なご支援、協力病院のご協力により、施設運営が支えられていることを自覚し、関係者の皆様に対しましても改めて厚くお礼申し上げます。また、連携いただいている相双特養連様、地域福祉施設の皆様には大変お世話になりました。

 ただ、思うに昨年311日の未曾有の大震災と原発事故では、施設運営が休止に追い込まれ、ご利用者様を避難させなければならなかったこと、法人の財産である多くの経験ある職員を失ったことは、施設運営の最大の危機であり、誠に残念でなりません。戻ってくれた職員があったからこそ福寿園の事業再開ができましたが、まだ、以前の姿には至っておらず、小高区施設については再開時期の目処もつかず、今後に多くの困難な課題を残こしてしまいました。

 こうした中で退任することは大変心苦しく存じますが、お許しいただき、南相馬福祉会の早期復興と更なる発展、そして役職員の皆様のご健康を心からご祈念申し上げ、退任のあいさつとさせていただきます。ありがとうございました。

福寿園施設長:坂下





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